P-mSHELLモデルについて
 ヒューマンファクター工学の説明モデル。航空業界・産業界では、事故分析において「SHEL」、「m-SHEL」モデルが利用されている。しかし、医療分野で同モデルを利用すると、患者をどこに当てはめたらいいのか(?)との声が聞かれるため、患者:Patientをモデルに加えた、「P-mSHELL」モデルが医療現場の事例分析にて活用されています。


P:Patient(患者)
m:management(管理)
S:Software(ソフトウェア)
H:Hardware(ハードウェア)
E:Environment(環境)
L:Liveware(同僚)
L:Liveware(本人)
L ライブウェア(人間の生理的、心理的、認知的特性)
 P-mSHELLモデルのまん中にあるのはライブウェアです。これは医療従事者自身を表しています。ライブウェアを取り囲んで、ハードウェア、ソフトウェア、自分以外のライブウェア、環境、患者、そして全体を統括するマネージメントがあります。このライブウェアはシステムの中心であり、もっとも重要で、他の要素に比較すると最も柔軟性があります。
 ライブウェアである人間は、疲労、生体リズム、覚醒水準、加齢といった生理的特性や、身体的特性があり、また、見る、識別する、判断するといった情報処理に代表される認知的特性、あるいは、それらの限界があります。
 システムの中心にあるライブウェアは、最も柔軟性があるので、かつての機械中心の時代には、最初に設計者は機械を設計しやすいように作り、それが人間に与えられました。与えられた人間は、その機械に適した人間を選抜したり、教育訓練を行って、ひたすら与えられた機械を使いこなすという努力が行なわれてきました。
 しかし、過去の事故事例では、りっぱに教育訓練を受けて一定の水準に達した能力を持っていると試験によって認められた人間が、ある条件では使いこなせない、あるいは、能力を発揮できずに、事故に至ったことがだんだん分かってきました。
 そこで、先に機械に都合のいいように機会を設計するのではなく、もともと持っている人間の特性に機械を適合させるように設計すべきであるという考え方が広まってきました。
この動きがまさにヒューマンファクター工学のめざしている「人間中心のシステム設計」なのです。(人

L-L ライブウェア−ライブウェア(医療関係者と医療関係者の関係)
 最近、ヒューマンファクター工学の分野で注目され始めたのが、ライブウェア−ライブウェアの関係です。
現代社会のほとんどのシステムは、人間が単独で仕事をすることはありません。複数の人間が、それぞれ与えられた役割を確実に実行することによって、従事しているシステムの持つ目的を達成することができます。
 複数の人間がいると必ず人間関係がでてきます。この人間関係は人間の行動に大きな影響力を与えます。ある場合はチームであることが事故を未然に防止し、あるケースではチームであるために、1人でやるより悪いパフォーマンスとなり事故となったことがあります。
 したがって、人間関係に関する研究は昔から現場において実践的に行なわれていますが、なかなか難しいためにいろいろな研究や教育の試みが行なわれています。
 航空の分野でチーム訓練が盛んに行なわれています。このチームの重要性は原子力、船舶へと広がっています。医療はそれぞれの専門家がチームで行なっていますので、産業界の知見は医療の世界でも応用可能であろうと思います。

L-H ライブウェア−ハードウェア(医療関係者と医療機器の関係)
 現代の病院には数多くの機械が使われています。病棟ではシリンジポンプ・人工呼吸器、検査室では大型の精密検査機器、手術室でもハイテク機器が数多く利用されています。これらの医療機器は、医療の現場で働く 人間にとって、分かりやすく使いやすいものとなっているのでしょうか?
操作を間違ったために、正確にゆっくりと注入されなければならない薬が数分で患者の体内に注入された事故や、操作が分からず手術中の患者が死亡した事故が報告されています。この人間と機械の問題は、これまで人間工学の分野での中心テーマでした。P-mSHELLモデルでは、ライブウェア−ハードウェアの関係として表されています。
 この人間と機械のインタフェースは、設計の時に人間の特性を十分に考慮しなければなりません。
 古典的人間工学といわれた、いわゆる「ノブ&ダイヤル」の時代には、人間の手の大きさや手の届く範囲、あるいは操作方向の問題などが研究されました。もちろん、これは現代も重要なテーマです。
 最近はコンピュータの急速な発達によって、機械がインテリジェント化してきました。特に、自動化が大幅に取り入れられるようになりました。この一見、人間にとっては望ましいと考えられる自動化が今日、新たな問題を引き起こしています。
 医療には、今後、インテリジェント化された機械が多く導入されるでしょう。人間と機械の問題は今後も重要なものだと考えられます。
(1)自然な対応付け(Natural Mapping)
私たちは日常生活の中でいろいろなイメージを持って生活しています。このイメージは成長に従って環境の中から学習していったものと考えられます。たとえば、重要なものは大きい、黒いものは白い色よりも重い、赤は白より重要である、というようなものです。
(2)モード混乱(Mode Confusion)
ビデオの録画時間とビデオ本体の時間合わせは同じ時間を合わせる作業なのに、後者は大変難しいものです。航空機はこのモードの混乱により多くの犠牲者を出しています。医療機器ではどうでしょうか?大人用のスイッチと子供用のスイッチが反対にセットされているのに気づかなくて大量の薬液が子供に注入されたことがありました。
L-S ライブウェア−ソフトウェア(医療関係者と手順書や規則の関係)
 医療の現場にはいろいろな表示が利用されています。たとえば、薬の名前、量の表示、単位など、似たものがたくさんあります。また、カルテや看護記録などの書類もたくさんあります。これらはP-mSHELLモデルではライブウェア−ソフトウェアの関係で表されています。
 航空機の操縦や原子力発電プラントの運転は、標準化が大変進んでいます。手順書からの逸脱は許されません。システムが巨大になり複雑になると、いろいろな組み合わせの操作が考えられます。システムの設計者は可能な限りいろいろな事故を想定し、その時、工学的にどのように対処するか、あるいは、運転員がどのように対応するかを徹底的に検討し、それを手順書に書いています。したがって、勝手な逸脱は許されないのです。その点、医療は個人の経験に依存している部分が多く、標準化があまり進んでいるとはいえないと考えられます。
 エラー防止のためのチェックリスト、人間の認知特性に応じた記録用紙フォーマットの開発などいろいろやるべきことがたくさんあるのではないでしょうか?
(1)表示の原則
大切なことは最初に大きく目立つように

L-E ライブウェア−環境(医療関係者と作業環境の関係)
 人間の労働環境の問題は、主に労働科学の分野で研究されています。P-mSHELLモデルでは、ライブウェア−環境の関係で表されてます。
 労働環境は人間のパフォーマンスに大きな影響を与えます。暗い照明の下では細かな作業は困難です。夜勤における覚醒水準は人間の生体リズムと密接な関係があり、明け方に覚醒水準が低下します。シフト勤務サイクルの設計も人間特性を十分考慮して行うことが重要です。
 労働環境が悪ければ、ヒューマンエラーを誘発する可能性が高くなります。
においや照明を利用して人間の作業効率を上げようという研究も行われています。

L-P  ライブウェア−患者(医療関係者と患者の関係)
 これまでのヒューマンファクター工学の説明モデルであるm-SHELモデルでは、患者の問題をどの要素にいれていいのか迷う人が多かったようです。
 薬を与えたり治療を行うと、その結果として病状が変化し、いろいろな医療データが現れます。このことからm-SHELモデルの機械に似ていると言えそうです。しかし、別の側面では機械とは明らかに異なります。患者にはパーソナリティがあり、医療関係者と患者の間には人間関係がありますから、ライブウェア−ライブウェアの関係になりそうです。しかし、なにかしっくりきません。そこで、m-SHELモデルに加えて、患者(P)を新たに独立させたP-mSHELLモデルとなりました。
 患者の急変、患者の能力、患者のパーソナリティなどが医療関係者のパフォーマンスに影響を与えます。
 これまでのヒューマンファクター工学では扱っていなかった新しい問題です。

L-m マネージメント(すべての要素への影響する要素)
 P-mSHELLモデルで最も重要な要素がマネージメントです。
 一般に人間の介在の多いシステムは脆弱です。なぜなら、人間は機械に比較すると信頼性がたいへん低いからです。医療システムは人間の介在なしにはシステムの目的を達成することが不可能です。脆弱な人間の介在に大いに依存しているシステムは、マネージメントがしっかりしていなければなりません。
 安全文化の醸成や、医療の現場で働く専門家が安全側の判断をすることを推奨するには、管理者の安全への取組みの態度が重要です。
 また、リスクマネージメントには安全報告制度が必須です。
 マネージメントは医療の安全には極めて重要な影響力をもっています。
      


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